私のおすすめの吟行地

高野ムツオ

高野ムツオたかの むつお

「小熊座」主宰

【内子の町並み-うちこのまちなみ-】

【内子の町並み-うちこのまちなみ-】参考

櫨の木からとれる木蝋の流通で栄えた家々がそっくり保存されている内子の町並みは、足を一歩踏み入れたとたんに江戸時代から大正時代へとワープできる異次元の空間である。蝋燭屋を覗いたり、浅黄や白漆喰の土蔵に飾られてある鏝絵や細工の利いた出格子を眺めたりして歩けば、句材にはまず事欠かない。

大江健三郎は内子出身。その小説の舞台になっているところもあるから、関心の深い人には想像世界も広がるだろう。内子座の観客席や奈落は、いまにも拍子木の音が聞こえ、大向こうから声がかかってきそうで、これもまた俳句の好材料だ。

【大洲 臥龍山荘-おおず がりゅうさんそう-】

【大洲 臥龍山荘-おおず がりゅうさんそう-】
参考

ゆるやかな清流、肱川に抱かれるようにして佇む臥龍山荘は、吟行で得た句材をじっくり推敲するに、またとない場所といえよう。江戸末期までは荒れていたそうだが、明治になってから手を加えられ現在のような粋を尽くした建物になったという。数寄屋造りの母屋臥龍荘には、屋久杉や仙台松がぜいたくに、しかもこりに凝った細工が施こされて使われている。私が訪れたのは初秋だったが、縁側に腰を降ろすと透明な風がたちまち身を包み、法師蝉が時を惜しむかのように鳴き続けていた。一句瞑想のひとときを味わえる。

【宝厳寺-ほうごんじ-】

【宝厳寺-ほうごんじ-】

松山市道後湯月町にある宝厳寺は、時宗開祖一遍生誕の地として知られる。本堂に安置されている一遍上人立像は国指定の重要文化財。短い法衣から伸びて地を踏まえる二本の裸の御足は、今も遊行の最中であるかのような力強さがある。明治二十八年、子規が漱石と連れだって道後温泉に入った折り、立ち寄ったことも有名。「色里や十歩はなれて秋の風」の子規の碑が境内にある。山門の中に遊郭があることに驚いた漱石は「坊っちゃん」で「前代未聞だ」と記している。近年、黒田杏子の「稲光一遍上人徒跣」の句碑が建てられた。運がよければ長岡隆祥住職から色町の頃の話を聞くことができるかもしれない。

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