愛媛の句碑めぐり575

松山市

永き日や衛門三郎浄瑠理寺ながきひやえもんさぶろうじょうるりじ

正岡子規マサオカシキ

明治29年の作で『寒山落木』所収。四国遍路の開祖といわれる衛門三郎(えもんさぶろう)の伝説は次のようなものである。みすぼらしい身なりの僧がこの地方の長者であった衛門三郎の邸へ托鉢に訪れたところ、毎日追い返された。8日目にとうとう三郎は怒って、僧の持っていた鉢を叩き割り、鉢は8つの破片になってしまう。僧は姿を消したが、実はこの人物こそが弘法大師であった。三郎には8人の子どもがいたが、間もなく8人の子が次々と亡くなり、はじめて己の罪を悟って、四国巡礼の旅に出たというもの。浄瑠璃寺の北方にある「文珠院」が衛門三郎の邸跡とわれる。この頃すでに病床にあって身動きのとれなくなっていた子規は東京で郷里を追想し、多くの句を詠んでいる。

句碑データ

住所
浄瑠璃町282 浄瑠璃寺
建立年
昭和20年
建立者
住職:岡田章敬師

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