愛媛の句碑めぐり575

松山市

秋いくとせ石鎚を見ず母を見ずあきいくとせいしづちをみずははをみず

石田波郷イシダハキョウ

昭和36年11月に母危篤の報をうけ、帰省した際に詠まれた句。母を詠むことの多かった波郷の名句で、心に響くリフレインが印象的。母は73歳、波郷48歳である。この時、母は小康を得たようで、波郷は母校の垣生小学校も訪れることが出来た。『酒中花』所収。副碑には「石田波郷はわが西垣生の里に生いたち、若くして上京、俳句の研究と句作に精魂を打ちこみ、病と闘いつつこの道ひとすじに生きて、昭和俳壇に不滅の光を放った。永くその偉業を称えるとともに後進の奮起精進の指針としてこの碑を建つ。」と刻まれている。校内に入らずとも、通り沿いから句碑を見ることも出来る場所に建立されている。※校内に立ち入る際には、小学校に事前にお電話もしくは職員室にお声掛けください。

句碑データ

住所
西垣生町730-1 垣生小学校
建立年
昭和47年4月
建立者
旧友知人有志一同

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