愛媛の句碑めぐり575

松山市

しろ山乃鶯来啼く士族町しろやまのうぐいすきなくしぞくまち

高浜虚子タカハマキョシ

松山城は加藤嘉明(かとうよしあき)が築いた城で、市の中心にそびえている。今でも松山の人たちは市内を城北、城南、城東、城西と分けて呼ぶ。「士族町」は、当時松山城の麓(ふもと)周辺にあった。お城には樹木が茂っており、鳥たちの生息地となっているのは当時も今も変わらない。町の中に鶯(うぐいす)がやって来て春を告げたのだろう。「うぐいすきなく」というリズムが心地よい。明治37年3月号の「ホトトギス」に掲載された句。

句碑データ

住所
祝谷東町640  松山神社参道
建立年
昭和42年
建立者
愛媛ホトトギス会祝谷句会

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