【愛媛県伊予市】老杉のご神木・石鳥居がある栗田の烏帽子杜三島神社
2025.09.30
老杉のご神木・石鳥居がある栗田の烏帽子杜三島神社
烏帽子杜三島神社(えぼしのもり みしまじんじゃ)は、愛媛県伊予市中山町に位置し、中山川の支流である栗田川沿いの標高約400メートルの場所に鎮座しています。周囲には田畑が広がっており、その中心に堂々と構える姿は、まさに地域の鎮守さまといえる存在です。
この神社へは、県道223号線(中山砥部線)を通って、栗田川の上流方向へ進んでいくとたどり着きます。道中、山あいののどかな風景が続き、やがて目の前に突然現れるのが、烏帽子杜三島神社です。そのたたずまいは非常に印象的で、田園風景の中に突如としてそびえ立つ巨木が、訪れる人の目を引きます。
この神社の大きな特徴のひとつが、境内にある大スギのご神木です。その迫力は言葉では言い尽くせないほどで、まるで周囲の里山よりも高く見えるほどの存在感を放っています。遠近感の影響もありますが、それを差し引いてもなお、自然の力強さと神聖さを感じさせる巨木です。このご神木は、地域の人々にとっても大切にされており、神社そのものと同様に崇敬の対象となっています。
また、神社の名前にもある「烏帽子杜」は、古くからこの地が神聖な森として人々に親しまれていたことを物語っています。三島神社という名称からもわかるように、全国各地に存在する三島神社と同様、海の神である大山祇神(おおやまづみのかみ)を祀っていると考えられますが、山中にありながらこのような神社が存在するのは、地域の文化や信仰の多様性を感じさせる興味深い点です。
周囲の自然と見事に調和しながらも、ひときわ目立つその存在は、古くからこの地に根付く信仰の象徴であり、訪れる人々に安らぎと敬意の念を呼び起こします。日々の喧騒から離れ、静けさに包まれたこの神社を訪れると、自然と心が落ち着き、地域の歴史や文化に思いを馳せることができます。
烏帽子杜三島神社の詳細な由緒は、残念ながら古い記録が焼失しており、正確には伝わっていません。しかし、境内に残されているいくつかの史料や石碑から、その歴史の一端を垣間見ることができます。
まず、神社に現存する鳥居には「寛政4年(1792年)」の銘が刻まれており、また手水石には「享和2年(1802年)」に奉納された旨が記されています。これらから、少なくともおよそ220~230年前にはすでにこの地に神社が存在していたことがわかります。さらに古い記録として、「文治元年(1185年)」の「乙巳歳九月新宮造立」という記述も残されており、平安時代末期から鎌倉時代初頭にはすでに祭祀が行われていた可能性が高いと考えられています。
伝承によれば、烏帽子杜三島神社は、孝徳天皇の御代(645年~654年)に、大山祇命(おおやまづみのみこと)をこの地に祀ったのが始まりとされています。また、もともとは「恵保子野山(えぼしのやま)」の神様、すなわち現在の栗田地区一帯の氏神様として祀られていたという説もあり、地域に深く根ざした信仰の対象であったことがうかがえます。
現在の社殿は、明治12年(1879年)に再建されたものです。それ以前の建物は不明ですが、再建の背景には、何らかの損壊や老朽化、あるいは火災による焼失などがあったと考えられます。再建後も地域の人々によって大切に守られ、今日までその姿を保っています。
このように、はっきりとした資料は限られているものの、烏帽子杜三島神社には千年以上さかのぼる可能性のある長い歴史と、地域に根づいた深い信仰が存在します。神社のたたずまいや周囲の自然とともに、それらの歴史や伝承を感じることができる貴重な場所となっています。訪れる際には、目に見えない過去にも思いを巡らせてみると、新たな魅力に気づけるかもしれません。
まず、神社に現存する鳥居には「寛政4年(1792年)」の銘が刻まれており、また手水石には「享和2年(1802年)」に奉納された旨が記されています。これらから、少なくともおよそ220~230年前にはすでにこの地に神社が存在していたことがわかります。さらに古い記録として、「文治元年(1185年)」の「乙巳歳九月新宮造立」という記述も残されており、平安時代末期から鎌倉時代初頭にはすでに祭祀が行われていた可能性が高いと考えられています。
伝承によれば、烏帽子杜三島神社は、孝徳天皇の御代(645年~654年)に、大山祇命(おおやまづみのみこと)をこの地に祀ったのが始まりとされています。また、もともとは「恵保子野山(えぼしのやま)」の神様、すなわち現在の栗田地区一帯の氏神様として祀られていたという説もあり、地域に深く根ざした信仰の対象であったことがうかがえます。
現在の社殿は、明治12年(1879年)に再建されたものです。それ以前の建物は不明ですが、再建の背景には、何らかの損壊や老朽化、あるいは火災による焼失などがあったと考えられます。再建後も地域の人々によって大切に守られ、今日までその姿を保っています。
このように、はっきりとした資料は限られているものの、烏帽子杜三島神社には千年以上さかのぼる可能性のある長い歴史と、地域に根づいた深い信仰が存在します。神社のたたずまいや周囲の自然とともに、それらの歴史や伝承を感じることができる貴重な場所となっています。訪れる際には、目に見えない過去にも思いを巡らせてみると、新たな魅力に気づけるかもしれません。
烏帽子杜三島神社は、田園地帯の中にありながらも、そこに一歩足を踏み入れると、まるで別世界に入ったかのような静謐な空気に包まれる神社です。社殿へと続く参道は、栗田川に架かる御神橋を渡り、石鳥居をくぐってまっすぐ山へと向かって延びており、その道筋にはどこか神聖な雰囲気が漂っています。周囲に広がる田んぼの風景の中にあって、人々の日常と神域との境界が感じられるような、独特の佇まいを見せてくれます。
参道を進むと、境内には豊かな自然が広がっており、そこに根づく社叢林は、まさに神聖な森と呼ぶにふさわしい景観を形づくっています。この社叢には、スギ、イチョウ、ムクノキといった大木がそびえ立ち、その下にはヤブニッケイやサンゴジュ、アオキ、サカキ、ヤブツバキ、キンモクセイなど、多種多様な樹木が生い茂っています。これらの樹々は、季節ごとに異なる表情を見せ、訪れる人々に自然の移ろいを感じさせてくれます。
中でもひときわ目を引くのが、大杉と呼ばれる御神木です。その圧倒的な存在感は、古くから地域の人々に崇められてきたことを物語っており、静かに立つその姿からは、長い年月の重みと神聖さが感じられます。また、ムクノキも特に印象深い存在です。根元の部分で二股に分かれており、その分かれ目は中が空洞になっています。長い年月を経て形成されたこの独特な形状には、自然の不思議と歴史の深さがにじんでおり、訪れる人々に古の時代へと想像を巡らせるきっかけを与えてくれます。
これらの老木たちは、単なる植物としてではなく、神社の歴史や地域の人々の思いを今に伝える生きた証人ともいえる存在です。風に揺れる枝葉の音や、木漏れ日の中で感じる静けさの中に、どこか懐かしさや敬意を覚えるのは、こうした自然と信仰が一体となった空間ならではの魅力といえるでしょう。
このように、烏帽子杜三島神社は、ただ神を祀る場というだけでなく、自然と人々の暮らし、そして長い歴史が調和した、特別な場所となっています。日常の喧騒から離れてこの地を訪れれば、心静かに自然と向き合い、内なる豊かさを感じられるに違いありません。
参道を進むと、境内には豊かな自然が広がっており、そこに根づく社叢林は、まさに神聖な森と呼ぶにふさわしい景観を形づくっています。この社叢には、スギ、イチョウ、ムクノキといった大木がそびえ立ち、その下にはヤブニッケイやサンゴジュ、アオキ、サカキ、ヤブツバキ、キンモクセイなど、多種多様な樹木が生い茂っています。これらの樹々は、季節ごとに異なる表情を見せ、訪れる人々に自然の移ろいを感じさせてくれます。
中でもひときわ目を引くのが、大杉と呼ばれる御神木です。その圧倒的な存在感は、古くから地域の人々に崇められてきたことを物語っており、静かに立つその姿からは、長い年月の重みと神聖さが感じられます。また、ムクノキも特に印象深い存在です。根元の部分で二股に分かれており、その分かれ目は中が空洞になっています。長い年月を経て形成されたこの独特な形状には、自然の不思議と歴史の深さがにじんでおり、訪れる人々に古の時代へと想像を巡らせるきっかけを与えてくれます。
これらの老木たちは、単なる植物としてではなく、神社の歴史や地域の人々の思いを今に伝える生きた証人ともいえる存在です。風に揺れる枝葉の音や、木漏れ日の中で感じる静けさの中に、どこか懐かしさや敬意を覚えるのは、こうした自然と信仰が一体となった空間ならではの魅力といえるでしょう。
このように、烏帽子杜三島神社は、ただ神を祀る場というだけでなく、自然と人々の暮らし、そして長い歴史が調和した、特別な場所となっています。日常の喧騒から離れてこの地を訪れれば、心静かに自然と向き合い、内なる豊かさを感じられるに違いありません。
中山一といわれるスギのご神木
この神社には地域随一の巨木として知られる御神木の大スギがあります。このスギは、平成3年の中山町産業課の調査により、幹回りは約7.7メートル、高さは地中部分を含めておよそ45メートルに達するとされ、また樹齢は推定400年以上と、中山町内で最も大きく古いスギの木として注目されています。また、平成17年には中山町指定文化財(天然記念物)に指定されており、保存と保護が図られ、その雄大な姿は、神社の象徴ともいえる存在であり、地元の人々に長年崇敬されてきました。
このスギには、戦時中の逸話も残されています。太平洋戦争中、地域の人々はこの大スギを竹スダレで囲み、出征する兵士たちの無事を祈って「弾丸よけ」の守り木としました。神聖な木に兵士の安全を託したこの祈りには、当時の人々の切実な願いと信仰心が込められており、大スギは単なる自然物ではなく、地域の歴史や心の支えともなっていたことがうかがえます。
また、神社がもともと山の斜面に建てられていたことから、大スギもその傾斜地に生えていたと考えられています。のちの神社改修工事の際、境内を平らにするため石垣を築き、地盤を嵩上げした結果、大スギの幹が約4メートル地中に埋まったとされています。それでもなお、変わらぬ威容を誇るその姿には、自然の力強さと生命力が感じられます。
スギの幹肌は縦に美しく割れた模様が特徴的で、見る者に強い印象を与えます。その姿はまさに名木と呼ぶにふさわしく、地域の自然遺産としても価値が高いものです。
烏帽子杜三島神社の大スギは、単なる大木ではありません。この土地が開かれた古代より祀られてきた大山祇命とともに、長きにわたり人々の暮らしを見守り、地域の信仰と文化を支えてきた大切な存在です。現在も御神木として大切にされ、多くの参拝者がその前で静かに手を合わせています。自然と歴史、そして信仰が息づくこの場所で、大スギのたたずまいに触れることで、訪れる人々もまた、心を静めるひとときを得られることでしょう。
このスギには、戦時中の逸話も残されています。太平洋戦争中、地域の人々はこの大スギを竹スダレで囲み、出征する兵士たちの無事を祈って「弾丸よけ」の守り木としました。神聖な木に兵士の安全を託したこの祈りには、当時の人々の切実な願いと信仰心が込められており、大スギは単なる自然物ではなく、地域の歴史や心の支えともなっていたことがうかがえます。
また、神社がもともと山の斜面に建てられていたことから、大スギもその傾斜地に生えていたと考えられています。のちの神社改修工事の際、境内を平らにするため石垣を築き、地盤を嵩上げした結果、大スギの幹が約4メートル地中に埋まったとされています。それでもなお、変わらぬ威容を誇るその姿には、自然の力強さと生命力が感じられます。
スギの幹肌は縦に美しく割れた模様が特徴的で、見る者に強い印象を与えます。その姿はまさに名木と呼ぶにふさわしく、地域の自然遺産としても価値が高いものです。
烏帽子杜三島神社の大スギは、単なる大木ではありません。この土地が開かれた古代より祀られてきた大山祇命とともに、長きにわたり人々の暮らしを見守り、地域の信仰と文化を支えてきた大切な存在です。現在も御神木として大切にされ、多くの参拝者がその前で静かに手を合わせています。自然と歴史、そして信仰が息づくこの場所で、大スギのたたずまいに触れることで、訪れる人々もまた、心を静めるひとときを得られることでしょう。
境内にあるムクの木
境内には、樹齢およそ400年と推定されるムクの木が立っています。このムクの木は、幹回りが約5メートル10センチ、高さは約20メートルにもなり、その堂々たる姿は境内の風景に深みと歴史を与えています。長い年月を経てもなお、力強く枝を広げるその姿は、自然のたくましさと神聖さを感じさせてくれます。
また、境内にはムクの木のほかにも、幹回り約3メートル31センチのイチョウの木があり、こちらも目を引く存在です。秋には黄色く色づく葉が境内を鮮やかに彩り、季節の移ろいを知らせてくれます。
これらの樹木は、単なる自然の一部ではなく、神社の歴史や地域の人々の信仰と深く結びついています。訪れる人々にとって、心を落ち着ける場所として親しまれており、今も大切に守られています。
また、境内にはムクの木のほかにも、幹回り約3メートル31センチのイチョウの木があり、こちらも目を引く存在です。秋には黄色く色づく葉が境内を鮮やかに彩り、季節の移ろいを知らせてくれます。
これらの樹木は、単なる自然の一部ではなく、神社の歴史や地域の人々の信仰と深く結びついています。訪れる人々にとって、心を落ち着ける場所として親しまれており、今も大切に守られています。
時を重ねた風格、烏帽子杜三島神社の石鳥居
参道入口に建つ石鳥居は、高さ約3メートル50センチ、幅約4メートル90センチの堂々とした造りで、寛政4年(1792年)に建立されました。素材には石灰岩が用いられており、200年以上にわたる風雨による侵食を受けながらも、現在までその姿をとどめています。
この石鳥居は、歴史的・文化的価値の高さから、平成17年3月1日に中山町指定有形文化財(石造物)に指定されました。時を重ねた風格と、地域の人々に大切に守られてきた歴史が感じられる貴重な遺構です。
神社の象徴として訪れる人々を迎えるこの鳥居は、過去と現在をつなぐ存在として、今も静かに佇んでいます。
この石鳥居は、歴史的・文化的価値の高さから、平成17年3月1日に中山町指定有形文化財(石造物)に指定されました。時を重ねた風格と、地域の人々に大切に守られてきた歴史が感じられる貴重な遺構です。
神社の象徴として訪れる人々を迎えるこの鳥居は、過去と現在をつなぐ存在として、今も静かに佇んでいます。
神と人とをつなぐ橋
栗田川に架かる御神橋は、欄干が石で造られた趣のある橋です。わずかに湾曲した橋面は、まるで勅使橋のような印象を与え、格式の高さを感じさせます。欄干には擬宝珠(ぎぼし)と呼ばれる装飾も施されており、細部にまで神聖さが表現されています。
この橋は、参道と社殿を真っすぐに結ぶように設計されており、そのため川の流れに対してやや斜めに架けられています。こうした造りからも、御神橋が神様の通る道として意識されていることがうかがえます。
橋の下を流れる栗田川は、自然豊かで清らかな川です。特に梅雨の季節には、たくさんのホタルが飛び交い、幻想的な風景をつくり出します。御神橋とその周囲の自然は、訪れる人々に静けさと神聖な空気を届けてくれます。
この橋は、参道と社殿を真っすぐに結ぶように設計されており、そのため川の流れに対してやや斜めに架けられています。こうした造りからも、御神橋が神様の通る道として意識されていることがうかがえます。
橋の下を流れる栗田川は、自然豊かで清らかな川です。特に梅雨の季節には、たくさんのホタルが飛び交い、幻想的な風景をつくり出します。御神橋とその周囲の自然は、訪れる人々に静けさと神聖な空気を届けてくれます。
おわりに
烏帽子杜三島神社─そこへ一歩足を踏み入れると、まるで時がゆっくり流れ出すような、静かで優雅な時間が広がります。神社は、田畑が広がる山すそ、標高約400メートルの高台に鎮座し、地域の守り神として長く親しまれてきました。
石橋や鳥居、大木から伝わる古の記憶と、静かな自然の美しさが息づく場所です。訪れる人は日常の喧噪から離れ、心静かに歩を進めることで、自分の内なる声と向き合う時間を得られることでしょう。古の信仰と自然の調和が訪れる人の心に深く響く特別な場所として、ぜひ一度、足を運んでみてください。
【住所】
伊予市中山町栗田甲810
【電話番号】
089-967-0866
【駐車場】
境内に3台程度あり
記事投稿者:かず
ひめ旅部のかずです。生まれも育ちも愛媛県は伊予市。「