愛媛の句碑めぐり575

松山市

粟能井や虎こ夏の海与里乃風あわのいやここなつのうみよりのかぜ

村上壺天子ムラカミコテンシ

旧北条市と松山市の境に、粟井坂(あわいざか)と呼ばれる坂がある。かつては、海抜50m程の急な坂で、旅人にとっては難所であった。坂の上で受ける夏の海風は、束の間の癒しとなったことだろう。県道347号線を挟んで向いに、屋根付の井戸がある。泡粒のような水が湧くことから粟乃井と名付けられ、地名の由来になった。この井戸で喉を潤した旅人も多かった。碑は、昭和35年5月26日に除幕された。壺天子は明治20年、今治市吉海町生まれ。愛媛県師範学校時代に村上霽月から俳句の指導を受けた。後に松根東洋城に師事。「渋柿」同人。元小学校校長。

句碑データ

住所
小川1-7 粟乃井井戸
建立年
昭和35年5月
建立者
有志一同

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