愛媛の句碑めぐり575

松山市

秋いくとせ石鎚を見ず母を見ずあきいくとせいしづちをみずははをみず

石田波郷イシダハキョウ

松山市

春風やふね伊豫に寄りて道後の湯はるかぜやふねいよによりてどうごのゆ

柳原極堂ヤナギハラキョクドウ

松山市

鶯能声々心本とり介里うぐいすのこえごえこころふとりけり

村上霽月ムラカミセイゲツ

松山市

古し折れといふ名もを可し春の山こしおれというなもおかしはるのやま

仙波花叟センバカソウ

句碑には、4句が刻まれている。○波郷の句。石鎚山は西日本最高峰の山であるが、それに並ぶほど母の存在は大きかったのであろう。母親危篤の報で帰郷した際に詠まれた句である。○花叟の句。北条の腰折山を詠んだもの。ユーモラスな山の名に春の気分がある。花叟は明治7年、風早(かざはや)郡河野村(現・松山市河野)生まれ。「時雨吟社(後の風早吟社)」をおこした。○霽月の句。ウグイスの声を聞くと春の到来を実感する。ウグイスは、春告鳥(はるつげどり)とも呼ばれる。霽月は、明治2年、伊予郡西垣生(はぶ)(現・松山市西垣生町)生まれ。○極堂の句。明治30年4月、「松風会」例会の席題吟、「名所詠みこみ」の句として出されたもの。極堂30歳の作品。道後入り口の放生園(ほうじょうえん)に句碑がある。

句碑データ

住所
小川28付近 小川山の神
建立年
不明
建立者
不明

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